日本語の乱れ

「日本語が乱れてきている」とか「言葉の使い方が間違っている」とか「正しい日本語を守らなくてはならない」とか。

 

「ら抜き言葉はいけません」。「"見れる""食べれる"は誤った日本語。正しくは"見られる""食べられる"が正しい」とか。

 

そんな趣旨のTVや新聞その他の投稿記事をよく読む機会があるが、なんてナンセンスなことを言っているのだろうと思う。

 

だいたい、正しい日本語とは何時代を基準にしているのか。

 

明らかにその多くは文明開化以後の言語をベースとしているように感じ取れるが、ぜんぜん納得がいかない。

平安時代や鎌倉時代の日本語は、私たち日本人でさえその古語知識の欠如状態では理解することが難しい。

 

逆に平安時代や鎌倉時代の人々から見れば、現代日本語を理解できるとは思えない。

むしろ違う言語と認識するに違いない。

 

でも言語の性質から判断すればそれが当たり前だろう。

日本語をはじめとする全ての言葉はその歴史上常に変化と進化を遂げている。

 

いつまでも現代の言語基準の呪縛の中にいると、カビの生えたシーラカンスになってしまう。

時代に即した言葉を使うのが一番良いのではないのか。

 

言葉を定義することがダメだと言っているのではない。

言葉を定義することは大切だ。

 

Mr.ビーンにそっくりなカルロス・ゴーン氏もThe definition of wordsを重要視していると聞いたことがある。

私も曖昧さを一切排除したコミュニケーションにはそれが不可欠だと思う。

 

で、ダラダラここまで書いて何が言いたいのかというと

 

「言葉の変化や進化を止めることは文明に対する挑戦です。

今すぐあきらめなさい。」

 

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 日本語の乱れ

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://ryogarden.com/mt/mt-tb.cgi/15

コメント(1)

通行人 :

確かに、言葉は文化(文明ではありません)ですから、変化が伴うのは当然。
しかし、知っていて尚且つ意思を伴い変えるのと、周りを真似し漠然と話しているのとでは違うでしょ?

コメントする

カレンダー


カウンター

   
無料カウンター

最近のコメント

通行人 on 日本語の乱れ: 確かに、言葉は文化(
P1000406P1000396P1000386P1000372P1000370P1000319

このブログ記事について

このページは、ryogardenがMarch 3, 2008 12:15 AMに書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「走る」です。

次のブログ記事は「モンティ・パイソン/人生狂騒曲  ★★★☆☆」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.01